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福岡高等裁判所 昭和37年(ラ)82号 決定

抗告人 岩本茂一

相手方 林田商事株式会社

主文

原決定を取り消す

相手方の保証取消の申立を却下する。

理由

一、抗告人の主張は別記〈省略〉のとおりである。

二、記録によると、相手方は抗告人に対し金一〇〇万円の連帯保証債権(主債務者は森田常蔵)があると主張し、抗告人所有の不動産につき、仮差押決定を得てこれを執行し、さらに本案の訴を提起したのであるが、その後昭和三七年一月二二日にいたり、仮差押申請を取り下げ、同年四月一〇日熊本地方裁判所に対し、右仮差押事件は仮差押申請の取下によつて終了したとして保証権利者である抗告人に対するその権利行使の催告の申立をなし、抗告人が催告に定める期間内に訴の提起などの権利行使に着手しなかつたので、同裁判所は相手方の申立により、同年四月二三日附をもつて保証取消決定をなしたところ、抗告人は、催告期間経過後の同月三〇日相手方を被告とし、前示仮差押によつて損害を被つたとして損害賠償請求の訴を提起し、この事実を証明して抗告期間内に本件即時抗告をなしたことが認められる。

ところで、相手方の提起した前示本案訴訟が、訴の取下・判決の確定などによつて、すでに終了しているかどうかは記録上明らかでないが、記録によれば、いまなお係属中ではないかとの疑が存するところ、果して本案訴訟が係属しているとすれば、仮差押申請の取下があつたからといつて、ただちに民事訴訟法第五一三条第一一五条第三項の規定による保証の取消が許されるものではない。右第一一五条第三項の訴訟の完結とは、本案訴訟の完結を指すことは容疑の余地がない。すなわち、同条項が本案訴訟の完結をまつてはじめて保証権利者に対し権利行使の催告をなすべきことを規定する所以のものは、本案訴訟の完結前には、保証権利者とせられる者の債権の有無ないしはその額は不明であるから、この不明の地位にある保証権利者に対して、権利行使に着手せよと催告し、同人がこれに応じなければ、保証を取り消して保証喪失の結果をきたすとするのは、同人に対し極めて無理な行為を強いて、不合理な不利益を甘受させるものであるからである。したがつて、本案訴訟が現に係属しているとすれば、相手方の保証取消の申立は、すでにこの点において排斥を免れない。

しかし右の点はしばらくおいて、本件に見るように、すでに催告期間を経過したため、第一審において保証取消決定がなされた後でも、保証権利者である抗告人が、保証取消申立事件の抗告について、抗告裁判所が決定をなすまでに、相手方を被告として損害賠償請求の訴を提起した上、その事実を証明した以上、抗告裁判所は第一審のなした保証取消決定を取り消し、相手方の保証取消の申立を却下すべきものと解するのが相当である。けだし、右第一一五条は、第一、二項において、保証の事由が止んだとき及び保証権利者の同意があるときは、保証供与者のみの申立により、保証取消決定をなすことを規定し、それ以外の場合、すなわち、保証権利者の同意がなく、かつ、保証の事由が止んだとはいえない場合、簡言すれば、保証権利者の債権が全部または一部存在すると推定される場合において、保証権判者が権利行使の手続を採らないとすれば、保証は際限なくそのまま放置されるということになるが、かくては特に保証権利者の債権が供与された保証に比し僅少である場合のごときは、保証供与者の利益を不当に害するおそれがあるので、保証権利者に対し相当の猶予期間を与えて権利の行使を催告し、保証権利者が権利を行使しないときは、保証供与者において保証を取り戻し得るものとし、その取戻しの前提として裁判所が保証取消決定をなすべきことを定めたものであるから、右第一一五条第三項の主眼とするところは、裁判所は猶予期間たる催告に定めた期間内は、保証取消決定をしないこと、ひいてまた保証権利者は裁判所が猶予期間を過ぎて保証取消決定をなすまでに、権利行使の手続を採るべく、採らなければ保証は取り消されるという点にあつて、催告期間内に権利を行使しないことを条件として、保証権利者の担保権(質権と同一の権利)が消滅することを意味するものではない。たんに権利行使の催告を受けた権利者が催告期間を徒過したからといつて、ただちに担保権の消滅をきたすと解するのは、極めて不合理で、右第三項がかかる不合理なことを規定したものとは到底考えられないところである。そして、第一審において適法に保証取消決定がなされた場合でも、同決定に対する即時抗告があり、これに対する抗告審の決定があるまでに、保証権利者が権利行使に着手しこれを証明する以上、抗告裁判所は第一審の決定を取り消し、保証供与者の保証取消の申立を却下すべきであることは、抗告審の構造機能と前説明に徴し多言を要しないであろう。

よつて、民事訴訟法第四一四条、第三八六条に従い主文のとおり決定する。

(裁判官 池畑祐治 秦亘 平田勝雅)

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